1998年から2002年の間、私は2000年の某社会制度の開始にかかわる仕事に携わっておりました。それこそ休日返上で、昼夜を問わず勤務しておりました。ほんと大変でした💦
当時の部署は、戦友MI、SN、KOをコアに男性で構成されておりました。ここでは業務系の中心になったKOについて、ご紹介したいと思います。
当時、プロジェクトで唯一、社会保障制度にかかわる業務に土地勘があるのがKOでした。まさに彼が稼ぎ頭で、彼が風邪をひくとプロジェクト全体が風邪をひいてしまうのです。
相変わらず忙しいプロジェクト。まともに休みが取れず、会社での合宿暮らしが続いておりました。
会社内の宿泊だと、肉体的にも精神的にも開放されず、その日は特別に会社近くのホテルでゆっくりすることにしました。
久々ふかふかの布団でぐっすり、身も心もリフレッシュしたKOと私は8:30にロビーで待ち合わせ。
「駅前で蕎麦でも食ってくか」
「いいっすね」
ということで、駅前の年商1億の人気立喰い蕎麦屋へ。いか天蕎麦で幸せな気分で会社に向かいました。途中の横断歩道で。
「会社ギリっすね」
「ちょっと電話入れとくか」
すると、後ろから聞き覚えのある声が。
「こんなにつらい思いをさせて申し訳ない」と常務が声をかけて来たのでありました。手に洗濯物が入った紙袋をもって会社に向かう我々に常務が労いの言葉をかけてくれたのです。
一杯のいか天蕎麦を食べていなかったらこんなラッキーはありませんでした💦
「いえ。とんでもありません。引き続き頑張ります!」と、我々がその日を境にヒーローになったのは言うまでもありません。
来春のシステム稼働に向けて、夏場からお客様の業務の設計(デザイン)を中心的に進めたのもKOでした。
KOがデザインした、業務の設計書類(業務マニュアル)を材料に、毎週木曜日、午前東京のお客様、午後に神奈川のお客様に説明するのですが、これが好評で、信頼度アゲアゲなんです。ここでもKOは真のヒーローでした!
一週間かけて準備した資料で横浜で業務終了。気分は上々なんですが、夏場は相当きつかったんです。
神奈川のお客様は横浜駅から15号線沿いを10分強歩いたところにあるのですが、夏場は暑いのなんの💦
毎週通っているうちに一軒のラーメン屋が気になって来ました。そのラーメン屋の前に、白いのぼりが3本、バタバタと揺れているではありませんか。そして、そののぼりには「HOPS生100円」の文字が!
当時HOPS生と言えば「発泡酒」の先駆けとして、安価なビールテイストの人気商品でした。じりじりと照り付ける日差しの中をとぼとぼと歩く我々に迷いはありませんでした。
店内は自販機があり、そこで食券を購入します。皆で一人千円ずつ出して、それが底をついたら帰ると言う、実に潔い飲み方をします。
まずはHOPS生に一口餃子に、煮卵、メンマ、チャーシューのラーメンのトッピング具材で喉を潤します。そして追加のHOPS生!あっという間に会費の千円は使い切ってしまいます。
店内では白いタオルを頭に巻いた「湘南乃風」風のお兄さんと、白い調理白衣をまとった可愛い看板娘が応対してくれます。
いつも同じ曜日に現れるスーツ姿の我々に興味を持ったお兄さんが、
「お客さん。いつもありがとうございます。毎週木曜日の同じ時間においでになりますが、いったいどんなお仕事をされているんですか?」と、よっぽど不思議だったのでしょう。
「そーだなぁ。国家プロジェクトの一員とでも言っておこうか」と、なんかの極秘エージェントっぽいふりをしましたが、単に説明するのが面倒なだけの、HOPS生好きのおじさん軍団なのでした💦
また、白い調理白衣をまとった看板娘がこれまた可愛くて、名前とか知りたかったのですが、極秘エージェントを気取ってしまった手前聞くわけにもいかず。仕方ないので「よし子ちゃん」と勝手に名付けたりしました。
ある日、その「湘南乃風」風のお兄さんと、噂の看板娘「よし子ちゃん」が、自販機の前に立ちはだかって、
「今日は店長が不在なんで、(HOPS生を)好きなだけ飲んでってください。いつものお礼です!つまみは買ってくださいね」ですって!
「ブラボー!!!生きてて良かったぁ!」
そんなに気に入ってくれてたなんて感謝感激でした。そしてまた、ある日、
「たまにはラーメン食べてくださいよ~」だって!そりゃそうだ!
ちなみに後日判明したのですが、よし子ちゃんの本名は「康江ちゃん」だそうです!またKOと行きたい横浜のラーメン屋なのでした
マジで、また行きたい!康江ちゃ~ん!
ちなみに、ラーメンも絶品でした💦
国家プロジェクトはつらいよ!ヒーロー編、ラーメン屋ミーティング
むらちゃんのブログ

